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福岡高等裁判所 昭和53年(く)91号 決定

主文

原決定を取消す。

本件を熊本地方裁判所に差戻す。

理由

本件抗告申立の理由は記録に編綴の即時抗告申立書記載のとおりであるが、要するに、(1)原決定はその手続に重大な瑕疵がある。すなわち、本件執行猶予の取消については刑事訴訟法三四九条の二第二項の規定に基づき被請求人の請求により口頭弁論を経たが、右口頭弁論に先立つ昭和五三年一一月三〇日、被請求人の弁護人は検察官から刑の執行猶予の言渡し取消請求書に添付して裁判所に提出された証拠資料の閲覧、謄写を申請したが、右申請を却下され、僅かに同年一二月八日の口頭弁論期日に保護観察官作成の被請求人に対する質問調書一通の閲覧が許されたのみで、右は被請求人の弁解を尽さしめ、手続の公正を担保する目的から口頭弁論を経ることとした法の精神に背馳するものであって、かかる重大な手続違背によってなされた原決定は取消されるべきである。(2)本件執行猶予の取消請求は熊本保護観察所長の取消申出に基づくものであるが、右取消申出は被請求人が現在上告中の後記道路交通法違反被告事件(無免許運転)の一審判決に服することなく、保護観察官の控訴ないし上告取下の強い要請に従わなかったこと、すなわち不服な判決に対し、上訴して争う刑事被告人としての当然の権利を行使、維持したことへの反撃としてなされたもので違法かつ不当な動機に基づくものに外ならず、したがって、右取消申出は無効であるから原決定は取消されるべきである。(3)原決定は被請求人が執行猶予の判決後、自動車の無免許運転をして罰金刑に処せられ、さらに現在上告中の無免許運転をした事実をもって善行保持の遵守事項に違反し、かつその情状が重いと認めて本件執行猶予の言渡を取消すものであるが、右は誤りである。すなわち、右上告中の事犯は、被請求人としては一応は運転免許を有する近所の人をして運転させたもので、これは被請求人が無免許運転をしてはいけないとの意識を有していたことを示すものである。ところが、途中で同人が運転に難色を示したため、同人をその自宅まで歩かせることを気の毒に思い極めて僅かな距離をつい無免許で運転したに止まるものであって、同事犯の右動機、原因、実態に照せば情状が重い場合には該当しないというべきであるから原決定は取消されるべきであるというのである。

よって、所論にかんがみ記録を検討するに、

(1)  被請求人は昭和五一年三月一一日熊本地方裁判所で道路交通法違反(無免許運転及び酒気帯び運転)の罪により懲役八月、三年間保護観察付執行猶予の言渡を受けた(同月二六日確定)ので、即日熊本保護観察所に出頭し、住居届をするとともに法定遵守事項を守ることを誓約したが、その際特に、(イ)今後は絶対に無免許運転をしないこと、(ロ)現在の仕事(自動車整備工場経営)に精励し、家族扶養の責任を自覚すること、(ハ)毎月二回以上受持保護司を訪ね、生活状態等を報告することを指示されたこと。

(2)  ところが、被請求人は昭和五一年一一月八日無免許運転と指定速度違反を犯し、昭和五二年三月二二日三角簡易裁判所において罰金六万円に処せられたが、右違反の事実を知った保護観察官及び担当保護司から前記指示事項の遵守、特に無免許運転は決してしないよう厳重な指導を受けたこと。

(3)  しかるに、被請求人は、昭和五二年八月一〇日又もや無免許運転を犯し、昭和五三年三月二〇日熊本地方裁判所において懲役二月の判決を受け、控訴したが、同年八月一四日福岡高等裁判所において控訴棄却の判決を受け、現に上告中であること。

(4)  その間、右無免許運転の事実を知った保護観察官は三回に亘って被請求人に面接し、当初は同人に自助の責任の自覚があるものと認めて公判の進行を見守ることにしたが、被請求人が判決に対し順次控訴、上告するとその都度同人に上訴の理由等を訊し、執行猶予期間をのがれるためだけの上訴であればそれが不当であることと執行猶予の取消申出を検討する旨を説くとともに、上訴の取扱いに関し家族や弁護士ともよく相談するよう説示していたが、昭和五三年一〇月三日被請求人は熊本保護観察所に出頭して上告取下の意思がない旨表明したので、保護観察官は本件執行猶予の判決言渡から同日までの経過や右控訴、上告の事情等をも併せて聴取して質問調書を作成するとともに被請求人が期待する如く執行猶予の期間を徒過せしめることは同人の自助更生への途を損うばかりでなく、執行猶予の期間中に刑が確定した場合に比して著しく均衡を失し、本件執行猶予言渡の趣旨にも反する結果となると判断したこと。

(5)  そこで、熊本保護観察所長は昭和五三年一〇月二七日熊本地方検察庁検察官に対し刑事訴訟法三四九条二項の規定により被請求人に対する本件執行猶予の言渡の取消申出をなし、これに基づき同検察官は同年一一月一五日熊本地方裁判所に右取消を請求したので、同裁判所は、刑事訴訟規則二二二条の六の規定により被請求人に対し右取消請求書の謄本及び熊本保護観察所長の右取消申出書(但し、添付された合計二四通の資料を除く。)の謄本を送達し、被請求人の請求により実施された同年一二月八日の口頭弁論期日において検察官、被請求人及び弁護人出席のうえ審理し、証人坂田レイ子及び被請求人本人の取調べをなし、同年一二月一八日本件執行猶予の言渡を取消す旨の決定をしたこと。

(6)  ところで、検察官の右取消請求書には熊本保護観察所長作成の前記取消申出書及び同申出書に添付された判決謄本、前科調書あるいは前記質問調書など合計二四通の資料がすべてそのまま添付されていたものであるところ、右口頭弁論期日に先立つ同年一一月二五日ころ、被請求人の弁護人は熊本地方裁判所に対し事務員による記録全部の謄写を口頭で申請したがこれを却下されたので、改めて同年一一月三〇日書面(刑事事件記録閲覧・謄写票)をもって事務員による記録全部の謄写を申請したが再び却下された。その間、弁護人より係書記官に記録が「見せられない」理由の説明を求めたことはあったが改めて記録の閲覧を申請したことはなく、裁判所からも閲覧だけなら許す意向であるなどの示唆もないまま経過し、右口頭弁論期日において弁護人が記録の閲覧ができなかった旨、特に保護観察官作成の被請求人に対する質問調書が見せてもらえないため被請求人の弁護人に対する弁解の真偽を確かめえないとの趣旨の陣述をしたところ、同裁判所はその場で弁護人に右質問調書の閲覧を許可し、弁護人はこれを閲覧したうえで証人及び被請求人本人に対する質問を了したこと。

以上(1)ないし(6)の事実が認められる。しかして、刑事訴訟法三四九条の二によれば、刑法二六条の二第二号の規定による執行猶予言渡の取消手続において、猶予の言渡を受けた者の請求があるときは口頭弁論を経なければならない(第二項)とするとともに、口頭弁論を経る場合には猶予の言渡を受けた者に弁護人選任権を与えている(第三項)のであって、右執行猶予言渡の取消手続には弁護人の記録の閲覧、謄写に関する刑事訴訟法四〇条及び刑事訴訟規則三一条の規定が準用されると解するのが相当である。そうすると、原決定手続において、原裁判所が弁護人からなされた事務員による記録の謄写申請を却下したことは刑事訴訟規則三一条に照し何ら違法の措置とはいえないが、前記認定事実によれば、弁護人は記録閲覧の機会も否定されていたと窺われるのであって、原裁判所から被請求人に送達された熊本保護観察所長作成の前記取消申出書(謄本)に「保護観察の経過及び成績の推移」並びに「遵守事項違反の事実及び申出の理由」が具体的かつ詳細に記載されており、また口頭弁論期日において前記質問調書の閲覧がなされたことを考慮にいれても、原決定手続には訴訟手続を誤った違法があるといわざるを得ず、改めて弁護人に記録閲覧の機会を与えて(差戻後の手続において弁護人が選任された場合)、審理をやり直す必要があると認められる。

よって、本件抗告は理由があるから、被請求人のその余の主張については判断するまでもなく、刑事訴訟法四二六条二項に則り原決定を取消し、本件を熊本地方裁判所に差戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山本茂 裁判官 川崎貞夫 矢野清美)

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